<ハワイツアー紀行文>
~2007年 夏~ 沢渡和
今回もイルカ達から相変わらずの大歓迎を受けました。特に初日は盛大な歓迎パーティーを開いていただいた感があります。
もう15回以上イルカとともに海で泳いでいますが、私たちと泳いでいる最中にあんなにも繰り返しジャンプをするイルカ達を見たのは、今回が初めてでした。ツアーを開催するごとに、イルカとのつながりが深く確実なものになっていきます。友人から親友になっていくかのようです。
ツアーの回数も重ねているため、イルカツアーの参加が2回以上になる人も増えてきています。そうした方々も含めてより強固なつながりがakuaとイルカ達との間には生まれています。
今までのイルカとの遭遇率は完全に100%です。ハワイ島の平均は60%です。まして、ドルフィンスイムが出来る確率は、その半分の30%程です。自分達が言うのもなんですが、akuaのイルカツアーはもはや伝説となりつつあります。ハワイ島全土のなかでもその日イルカにあえたのは私たちの船のみ、ということも今までに何度もありました。
akuaのイルカツアーには、今のうちに無理してでもおいでになるといいと思います。
アメリカ全土でドルフィンスイムが禁止・規制される動きがあるからです。
確かに完全に野生の動物と一緒に、野外で遊びながら啓発しあえるのは、イルカ以外ほかにはないでしょう。多くの人がドルフィンスイムに殺到しつつあるのも無理はありません。ここ3年の間だけでもドルフィンスイムに出航するボートの数はざっと3,4倍以上になっています。禁止・規制も時間の問題かと思います。少しでも早く参加されることをおすすめします。
~2007年 夏~ 智穂ゆり子
自然界の存在は、皆さんがハワイ島という地で溢れんばかりの自然のエネルギーを全身で浴び、感じることを願っています。
非日常的な環境にご自身を置き、ハワイのマナに触れ、緑や海やイルカなどあらゆる存在を感じたとき、あなたの潜在意識で、癒しの鐘が鳴ることでしょう。
イルカと共に海に包まれたとき、身体全体を潮の流れがあなたをサポートしていきます。
イルカの声を耳にしたとき、あなたの中に安心感が生まれます。
イルカと共に泳いだとき、優しいまなざしがあなたを守ってくれます。
イルカたちは、より多くの方とのコミュニケーションを望んでいます。
いつでも、あなたを待っているのです。
あなたもイルカたちと、ハートのキャッチボールを体験してみませんか。
~2006年 冬 智穂ゆり子~
船に乗り込み、海に出た。 今回は、新しい真っ白な船だった。
船着き場を出ると、すぐにウミガメが迎えにきてくれた。 最初はドルフィンスイムならぬタートルスイムと相成った。
ゆっくりと優雅に泳いでいるウミガメと一緒に、リラックスして泳いでいく。
色とりどりの魚たちと共に。
船を沖に進める。 海はとても静かで穏やか。 スーッとイルカ達が近づいてきた。
のんびりと漂うように泳いでいる。 泳いでいると言うより、浮かんでいるといったほうが相応しい。 波の流れにすべてを任せて、ただ浮かんでいる。
私たちが海に入ってからもイルカの様子は変わらなかった。
いつもは「遊ぼうよぉ」と言って、私の横を勢いよくすり抜けたり戻ってきたりという様子なのに、今回は「一緒にいましょう」と、近くをずっとゆっくりと泳いでいる。
本当に、ただ浮いているだけのイルカ達。 漂いながらふんわりと水の流れを楽しんでいる。
なので、いつもより近くにいる時間がとても長かった。
親密度がますます高まった。
皆も写真を沢山撮ることが出来たようだ。
次回は、どんな泳ぎをみせてくれるのだろう。
ワクワク、ウズウズする。
~2006年 冬 沢渡和~
今回も数々の素晴らしい生命との出会いがありました。イルカやクジラばかりでなく亀やマンタとも泳いだのです。
今回の旅は、私にとって静かで深く瞑想的なものでした。セドナツアーでもイルカツアーでもその日程を決める際は、その土地やイルカとつながったり、占星術を見てもらったりして最終的に決定していきます。今回は11月の12日の週に開催するか19日の週のどちらに開催するかで最後まで悩みました。どちらの週にしても多くのイルカ達が待っていてくれることは確信していたのですが、それぞれの日程によってどのような違いがあるのか、ということを大切にしたかったのです。12日の週であればより楽しく戯れる感じの旅に、そして19日の週であればより深く参加者の内面に働きかけ時間をかけて大きな変化が起きてくるような旅となる。そう智穂さんがイルカ達とつながりながら教えてくれました。
結局19日の週としたからでしょうか、海も静かでたおやかでした。そして私たちをいつにもまして優しく受け止めてくれました。海の生物たちもあたかも瞑想しているかのようにゆったりと漂っていたのです。
イルカたちも、ほとんど止まっているかのように私たちと泳いでくれました。まるで宇宙全体が瞑想をしているかのような、内に深く入っていくエネルギーがハワイ島に満ちていたのです。
その静けさはまだ私自身の内部でも続いています。
~2005年 夏~ 沢渡和
【 ハワイ島到着日 】
ハワイ島到着日は、到着したその足で、水深5メートルのプールに行きシュノーケリングの練習を2時間ほど行った。多くの参加者は泳ぎも達者でシュノーケルのレッスンそのものも、とても楽しいものとなった。レッスンのコーチは前回のツアーでお世話になったアンジェラという素敵な女性で、私たちのグループのことを分かっていてくれたことも幸いした。
今回はイルカとの出会いを3日間設けることとした。参加者の方々に、海に、自然に、還って欲しかったのがその目的だった。古代レムリアの時代、私たちは自然と一体化していた。そして個々人はその内に「自然なる秩序」を宿し実践していた。だが現在、あまりに自然から離れた生活をしているなかで、多くの肉体の細胞はその叡智を花開けないでいる。海の中に3時間も4時間もいるということが極めて珍しい生活環境のなかに、私たちはいる。だが非日常的なまでに自然に深く浸り、細胞が、自然からもたらされる叡智をひとたび思い起こすならば、おそらくもう後戻りは出来ない。そんな願いも込めて、3回のイルカツアーを企画した。このツアーは「古代レムリアの記憶」に触れる旅でもあるからだ。
【 イルカとの出会い第一日目 】
イルカとの出会いの初日の朝を迎える。朝7時にロビーに集合し、ホテルの芝生の上で円になって瞑想を行う。やや曇りがちだった空が瞑想の最中に晴天に変わっていく。何ものかから祝福されているようで、心地良い感じが私たちを満たしていく。ハワイの朝は「すがすがしい拡がりと暖かさ」を合わせもっている。瞑想の最中、参加者の多くがすでにイルカ達を間近に感じていたようだ。
船に乗り込み出航してから、皆で簡単な自己紹介を行う。爽やかな風が皆のほほをなでている。私たちの自己紹介が終わると、すぐに「次は僕らの自己紹介の番だ」といった感じでイルカ達がどこからともなく現れ華麗なジャンプを披露してくれる。イルカとは何度も何度も出逢っている私ですら、感謝の念で胸が一杯になる。
何か特定のものへの感謝ではない。こうして奇跡を創り出しているイルカ達や天界、ここに居合わせている皆、ハワイという土地や光、そして遠い過去からの生命の営みがこの瞬間に凝縮されている感覚、広大な宇宙の営み全体がこの瞬間を形づくっている感覚。そうしたものすべてへの気付きと感謝の念なのだと思う。
イルカは群れで行動している。その群れも重層的だ。2~5頭のイルカを最小単位として20頭前後の群れを形成している。彼らはテレパシーで交信しながら行動計画を順次策定していく。共同創造の姿を最も純粋に、最も完全に私たちに見せてくれる。
あっという間に私たちの船は20頭前後のイルカ達に囲まれていく。そしてその数はどんどんと増していく。他の群れとテレパシフィックに連絡をとり、どこからともなく新しい群れが合流してくる。彼らの美しさには圧倒される。すべてが流れと美しさと歓びをまとっていくマジックだ。私たちが最も手に入れたいマジックだ。
皆、その後海に入り彼らと思う存分泳ぐ。当たり前だが、彼らの泳ぎは早い。だからお願いをする。「私と一緒にゆっくり泳いで」と。すると彼らはスピードを緩め始める。目を合わせてくれる。微笑んでもくれる。私たちが歓び楽しみ謳歌することが、そっくりそのまま彼らの歓びであり楽しみであり謳歌なのだ。そしてそのことがまたお互いの歓びを高め合っていく。何人もの参加者が海のなかで自然に涙が出てきたことだろう。イルカとわずか1メートルほどの距離で、90分以上一緒に泳いだだろうか。身体の細胞すみずみに彼らの鳴き声と海のエネルギーが浸み込んでいく。
その後も湾にいき、再び1時間程彼らと泳ぐ。泳ぎながら考えた。一体彼らはいつから私たちを待っていてくれたのだろう? 昨年別れの挨拶をしたときからだろうか?
なにしろ今、わたしたちのもとにハワイ島中のイルカが集まってきている様相を呈しているのだ。彼らは心から歓迎してくれていた。ツアー後に10代の参加者が言っていた。
「これからはイルカのように生きたい。」
彼らは特別な存在だが、特別な能力に秀でているわけではない。ただ在り方が特別なのだ。誠実で自然で天真爛漫で、そのくせ全てに気付いている。誰もが出来ることばかりのはずだ。その大切さに気付いていなかったから、私たちはそうしたことが出来なくなってしまったのだろうか。
1回のクルーズで2回以上イルカの群れに出会いともに泳ぐことは、極めて珍しいとハワイでは言われている。しかも泳げたとしても多くの場合数分から10分程度だったりする、とキャプテンから聞かされていた。akuaのツアーでは結果的に毎回、1回の航海で2回以上の多くのイルカの群れとともに1時間以上に渡って泳いでいる。そればかりか今回はクジラとともに泳いだ。体長4,5メートル弱はあっただろうか? 何頭かが沖合を親子で泳いでいた。
2度のドルフィンスイムのあとに、キャプテンが「今日は特別な日のようだから、うまくすれば沖で大きな大きなイルカが見られるかもしれないから見に行こう」と提案してくれた。 私たち以上にキャプテンが見てみたいようだった。
沖にいくと私たちを待っていたかのように、ゆったりした優美な泳ぎで彼らはやってきた。ザトウクジラほど大きくはないがイルカほど小柄でもない。その泳ぎはまるで、「宇宙をひきつれて生きているようだ」った。
私は当然のように彼らと一緒に泳ぐつもりでいたのだが、キャプテンは船を止める様子がない。「泳がないの?」とキャプテンに聞くと、ここら辺は鮫が出る、とのことだった。「でも僕は泳ぎたい。」と少しダダをこねると船を止めてくれた。「鮫が出たら教えるから、皆でまとまって泳ぐように」とキャプテンから忠告を受ける。
2,3人は一緒に来るかなと思ったら、2人を除いて全員が海に入ってきた。誰も怖がっている様子がない。私は今までは最後に海に入っていたのだが、今回は様子を見るためにも最初に海に入る。
するとクジラたちがみるみる近づいてきた。私も2メートル程までに彼らに近づいたとき、イルカとは違うあまりの大きさに一瞬たじろいでしまった。あのまま泳いでいったらきっとぶつかっていただろう。クジラの口に入ってピノキオになってしまったのだろうか。
彼らはバンドウイルカと異なり、静かな力強さと圧倒的な母性を内に秘めている。鳴き声もずっしりとしたものだった。あえてエネルギー的に似ているものを探せばオーストラリアのウルル(エアーズロック)だろうか。クジラたちも遊んでくれた。私たちに合わせて、よりゆったりと泳ぎ、会話し、見つめ合った。上下に潜行したり去っていくかと思うとまたこちらに戻ってきたりと、優美な瞬間の連続だった。時間も音も空間も、確かにあるのだがなくなっていくような、すべてが虚空に還っていくような不思議な場だった。
初日はこうして終わった。
【 イルカとの出会い第二日目 】
初日が大成功に終わったのは一体どういうことだったのだろうと思っていた。akuaは参加者やクライアントに恵まれている。真剣で一所懸命で、でも軽やかな方々に恵まれている。何人かが集まるととても心地よく楽しいのだ。この仕事をしていて良かったと思う瞬間だ。akuaは天界からも愛されている。日々が奇跡の連続で、どんな奇跡が起きたのか二人ともいちいち覚えていられない。天界はあるいは参加者も含めた私たちは、ハワイのこの地で、今回、何を創造しようとしているのだろう?
こんなことを考えながらドルフィンスイム2日目の朝を迎えた。初日と同じように朝芝生で準備体操をしてから瞑想をする。ケアウホウ湾というハワイ島の聖地を望む芝生の上での瞑想は、自然に、イルカたちのエネルギーに通じていく。宿泊先が高級リゾートホテルであることも、皆の気持ちにゆとりをもたせていく。そして瞑想中に再び朝日が私たちを照らし始めた。
船に乗り込み出航したとき、すぐに気付いたものがあった。雲と光。マスターも含めて天界の存在達は、雲の形をとって私たちにメッセージを送ってくる。大きな大きな雲が、真っ二つに分かれて輝いていた。同じ大きさで南に向かって伸びていた。2つに分かれたその間から太陽の光が差し込んでいる。海は光を受けキラキラと輝いていた。南に伸びる2つの雲が切れる先では、太陽の光が幾重にも光の柱をおろし、海を照らし出していた。
今日の航路は自ずと決まっていた。二つの雲の切れ間を突っ切ったその先に、イルカ達が待っている。いやイルカ達だけでなく、あらゆる天界の存在も! 今日、私たちはイルカと泳ぐだけではない。あらゆる光の存在とともに、自然に、宇宙に、還っていくのだ。それは「計画」だった。壮大な計画で、私という人間の小さな懸念など無意味化していく、確固たる「計画」だった。誰かが立てたというわけでは、きっとない。
でもこのわずか10数人のメンバーを通して何かをなさしめたいという「確固たる意志」だった。
雲がなくなり太陽の光で照らし出されていた場所に到着すると、既に他のイルカツアーの船が何隻か到着していた。世界中の人たちとともにイルカを軸とした遊びが展開していく。いやそこには天界の存在たち、霊的存在たち、そして人類と動物界・自然界が一つに集まった魂のパーティーの場であった。長い時間それは続いた。ただただ楽しかった。だんだんと私は自分がイルカなのか人間なのか分からなくなった。一体全体、自分は何者なのかが、分からなくなっていった。
この後もまた多くのイルカの群れと遭遇し、私たちの船は100頭あまりのイルカに先導されていた。その後も何度かイルカと泳いだ後、美しい湾にいきシュノーケルを楽しむこととした。
何人かの参加者は、完全にシュノーケルをマスターして、イルカのように水中でクルクルと回りながら泳いでいる。10メートル近い深さも軽々とクリアーして潜水していく。透明度の高い海と色彩豊かな魚たちと戯れていた。とても美しい光景だった。
きっと彼らはもう元には戻れない。彼らの細胞のなかで呼び覚まされた自然の叡智は、今後もずっと彼らに何かをささやき続けるに違いない。彼らが、このあとの人生のなかでそれをどのように翻訳していくのか、楽しみでならない。
【 イルカとの出会い第三日目 】
この2日間の間に智穂さんは私の変化を感じ取っていたようだ。私はイルカとともに泳いでいるとき、すべてを手放してもいいと思っていた。3日目の朝食のとき、智穂さんから、「海に還っていなくなってしまうのはakuaのツアーではなく、個人で来たときにして下さいね。その後の後処理が大変ですから。」と釘をさされた。死んでもいいとは思っていなかったが、この素晴らしい神秘のためには、命はたいして重要ではないのでは、とは思っていたところだった。私はもっと落ち着かなくてはならない。
私たちに「完全に見守られている」という感覚を呼び起こしてくれるイルカたち。そして瞬時に「気付き」と「絶対なる安心感」が宿ってくる。イルカはともすれば無邪気で子供っぽい存在と見られがちだ。彼らの愛らしい表情ゆえだろう。しかし彼らとともにいれば分かる。常に深い叡智と安らぎを湛えていることが。彼らは完全に平和なのだ。
完全に、許し許されていることを、知っている存在なのだ。
今回のツアーを通して驚いたことは、智穂さんのイルカとの交信だった。人と話すようにイルカと会話している。「今日はいついつにどこどこで待っているよ。」とイルカが智穂さんに話し、智穂さんはそれに応える。朝、皆と会う前の、彼女の儀式だった。そのとき、辺りの空気は神聖で軽やかなものとなる。結果的に100%彼女の交信した通りになっていた。この3日目の朝、彼女は泳がずに、イルカと私たち人間とのコーディネートに専念すると言っていた。
そして、彼女は船の上からイルカと人間との出会いを司っていた。私たちは泳ぎながら船上にいる彼女を見る。彼女が指し示す。そこでイルカは私たちを待っている。徐々に両者の距離が縮まっていき、肉体を持った魂たちのパーティーがはじまる。この日、彼女は、船上で私たちとイルカの水先案内をする、美しき女神、であった。
このとき、2時間は海の中にいつづけた。その間、彼らと泳ぎ続けた。最初のうち、私たち以外にも2,3隻の船がその湾にいてイルカとの泳ぎを楽しんでいた。いったんイルカ達の姿が消えたかに見えた。15分程のことだった。だが海底で数十頭が集まり、じっとしているのが感じられた。
どこにも姿は見えない・・・・。だが、太陽の光が海底に射し込んでいるその果てに、確かに彼らがいることが感じられた。何かを交信しあっている。時々彼らの鳴き声が聞こえてくる。何らかのタイミングを見計らいながら、彼らはすべてと交信していた。すべてに気付いていようとする意志が感じられた。
私たち以外の船が引き上げていって、10分ほどしてからだろうか。一斉に彼らが動き出した。皆で70~80頭はいただろうか。直径50メートルほどの大きな円のなかに10メートルほどの小さな円をいくつか形づくりながら、円運動をしていく。あたかも、「この動きがあなたがたの目指す新しい創造活動の基盤だ」と教えているかのようであった。
イルカは、私たち人類がグループで進化していく際の、道しるべを与えてくれる存在だ。それは彼らが常にグループで行動し、かつ自由であり、自立しているからだ。イルカの種類によってグループの形成の仕方も異なっているらしい。血縁を重視してグループを形成するものもいれば、ほとんど血縁を意識しないでグループを形成していく種類もいる。
グループや組織のトラウマは誰もが持っている。権威への抵抗、束縛感、組織的圧力、孤独感や疎外感、上に立つものとしての不安感や決断への抵抗、等々。彼らはそこから自由になるための、動き方や考え方を私たちに提示しようとしている。そしてそこから自由になったとき、真の共同創造がはじまりすべてが歓びに包まれる。
彼らの円運動はゆるやかに続き、それに上下運動が加わる。つまり、常に海面には10~20頭前後のイルカが姿を現し、海底にはその数倍のイルカ達が潜行しているのだ。そして太陽の光が海底に射し込んでいる、まさにその場所で、彼らはしばらく静かに数分間じっとして、その後ゆるやかに浮上してくる。まるで、光を感じ、光そのものになってから、私たちの前に姿を現してこようとしているかのようだった。
この日を境に私の中でなにかが変わった。2時間ものあいだ、ひたすらイルカたちと泳ぎ続けるということが、どのような感覚か分かるだろうか。 上下左右360度、彼らに囲まれている。そしてその間、彼らは「彼らの光」を放射し続けるのだ。
その光を受けながら、私は、流れにのろうと決めた。完全に、この宇宙の流れにのろうと、決めた。そのためには、自分の能力や器はおそらく関係ない。必要なことは、彼らのように、すべてからの、有形無形すべてのものからの自由を感じながら、共同創造を楽しんでいく意思だ。 |
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